ビールはなぜ古くなるのか|醸造学のきほん #11

こんにちは。ゴールデンブルワリーの児玉です。

醸造所で樽から直接飲むビールは、店で飲むより明らかにうまい。よく言われますし、実際そのとおりです。

腕がいいからではありません。**新しいから**です。ビールは造った瞬間から劣化が始まる飲み物で、造り手にできるのは、その速度をどれだけ遅らせるかだけです。

今日は、ビールの3つの敵の話をします。

敵その1:酸素

いちばん厄介なのが酸素です。

ビールの中で酸素はフリーラジカルの連鎖反応を起こし、ホップの苦味成分やポリフェノールを分解して、アルデヒドという劣化臭の成分を作ります。さらに鉄と結びついて濁りの原因にもなる(出典:日本農芸化学会誌/篠塚健ほか 2000)。

やっかいなのは、**酸素を減らすだけでは止まらない**ことです。製品中の溶存酸素が0.1ppmでも劣化は進みます。だから近年は、酸素量を管理するだけでなく、仕込みの段階から**還元性物質を壊さずに残す**「抗酸化製造法」という考え方が取られています(出典:同上)。

瓶詰めのときも侮れません。瓶の首元に残ったわずかな空気の酸素が、その後2〜4週間かけて少しずつビールに溶け込み、酸化を進め続ける(出典:日本醸造協会誌/天羽幹夫 1964)。**60年前の論文が指摘していたことが、今の研究とそのまま一致している**のが、この分野の面白いところです。

敵その2:熱

温度が上がるほど、劣化は速く進みます。夏場に30℃を超えると、目に見えて加速します。

ラガーの適切な保存温度は、夏で6〜8℃、冬で8〜10℃とされています(出典:日本食品低温保蔵学会誌/金田弘挙 1995)。

樽生になるともっとシビアで、**1〜3℃**が推奨です。数℃上がっただけで注ぐときに泡だらけになります(出典:Brewers Association『Draught Beer Quality Manual』)。飲食店で泡ばかり出るときは、たいてい温度の問題です。

一方で、冷やしすぎもよくありません。冷凍庫に入れるのは避けたほうがいい(出典:サッポロビール)。

敵その3:光

3つ目が光です。これがいちばん劇的に効きます。

日光に当たると、ホップ由来のイソフムロンの側鎖が切れ、硫黄化合物と反応してMBTという成分ができます。**これが「日光臭(スカンキー)」の正体**で、スカンクのような匂いと形容されます(出典:BarthHaas/Cicerone)。

恐ろしいのは閾値の低さで、**4〜30ng/L**です(出典:Cicerone)。ナノグラムの世界です。だから透明瓶や緑瓶のビールは、店頭の照明の下に置いておくだけでも劣化します。茶色の瓶が多いのは、遮光のためです。

対策として、α酸を異性化したあとさらに水素を加えて光に強くした「光安定型ホップ製品」も作られています(出典:BarthHaas)。

ちなみに日本には、この保存方法の表示について公式なルールがあります。公正競争規約で「日なたをさけ涼しいところに保存してください」といった表示が定められている(出典:全国公正取引協議会連合会)。**あの一文は、化学的な裏付けがある制度なのです。**

だから、造り手は運び方まで気にする

ここまでを踏まえると、なぜ私たちがクール便にこだわるのか、直売にこだわるのかが伝わるかと思います。

**どれだけ丁寧に造っても、運び方と置き方で簡単に台無しになる**からです。造ってから飲まれるまでの時間と、その間の温度と光。ここは造り手の手を離れる部分ですが、離れるからこそ気になります。

飲食店さんにお願いしているのも同じことです。冷蔵、暗所、そして樽生ならラインの清掃。英国のCask Marqueというビール品質認証では、ビールラインの洗浄は**2週間ごと**が目安とされ、ラインに水を残したまま放置しない、といった項目が具体的に決められています(出典:Cask Marque)。

家での置き方、3つだけ

最後に、家庭でできることを3つだけ。

  • **冷蔵庫に入れる**(ただし冷凍庫は不可)
  • **光に当てない**。箱から出して窓際に並べない
  • **早く飲む**。とくに香りを売りにしたビールほど早く

クラフトビールは、日本酒でいえば生酒に近い飲み物です。**買ったときがいちばん若く、そこから先は下がっていく**。もらったビールを飾っておきたくなる気持ちは分かりますが、いちばんいい飲み方は、早く開けることです。

まとめ

  • ビールの劣化の要因は酸素・熱・光の3つ
  • 酸素は溶存0.1ppmでも劣化が進む。瓶の首元の空気で2〜4週間かけて酸化が続く
  • 保存温度はラガーで6〜10℃、樽生は1〜3℃。数℃で泡立ちが変わる
  • 日光臭の閾値は4〜30ng/L。茶色瓶なのは遮光のため
  • 家では冷蔵・遮光・早めに飲む。この3つで大半は守れる

ここまで11回、原料から保存まで一周しました。次回からは、それぞれの工程をもう少し掘り下げていきます。

このシリーズはYouTube「チェリーベル・ジャパン」でも、動画版を出しています。

この記事を書いているのは

福岡県福津市のクラフトビール醸造所 GOLDEN BREWERY(ゴールデンブルワリー)です。運営はチェリーベル・ジャパン株式会社。500Lの仕込み設備で、自社ブランドのビールを造りながら、他社さんのビール造りのお手伝いもしています。

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※お酒は20歳になってから。

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