デンプンが糖に変わる日|醸造学のきほん #04

こんにちは。ゴールデンブルワリーの児玉です。

仕込みの日、麦芽を砕いてお湯に入れると、1時間ほどで仕込み場じゅうが甘い匂いになります。デンプンが糖に変わっている匂いです。

この工程を「糖化(マッシング)」と呼びます。今日の話は、**お湯の温度を数℃変えるだけで、ビールの飲み口が変わってしまう**という、醸造でいちばん手が入るところです。

仕込み場のマッシュタン。ここでデンプンが糖に変わる
仕込み場のマッシュタン。ここでデンプンが糖に変わる

麦芽が持っている「はさみ」を、お湯で起こす

前々回に出てきた、英国モルトスター協会の言い方をもう一度。製麦する側は発芽を熱で「ロック」し、醸造する側が仕込みで「アンロック」する。

麦芽の中には、発芽のときに作られた酵素が、乾かされて眠った状態で入っています。これをお湯に浸けて起こしてやると、デンプンの長い鎖を切り始めます。

酵素はタンパク質でできていて、**決まった相手にしか働かず、温度とpHで速さが変わり、ある範囲を超えると壊れます**(出典:American Homebrewers Association)。この「壊れる直前がいちばん活発」という性質が、次の話につながります。

αとβ、2種類のはさみ

デンプンを切る酵素は、主に2種類います。

**α-アミラーゼ**は、長い鎖の真ん中をランダムに切ります。大きくて水に溶けないデンプンを、小さくて溶ける断片にする役。液化の担当です。

**β-アミラーゼ**は、鎖の端から順に、糖を2つずつ切り出していきます。酵母がそのまま食べられるマルトース(麦芽糖)を作る役。糖化の担当です。

**この2つの働き方の違いが、ビールの飲み口を決めます。**

α-アミラーゼは鎖を真ん中から切り、β-アミラーゼは端からマルトースを切り出す
α-アミラーゼは鎖を真ん中から切り、β-アミラーゼは端からマルトースを切り出す

温度で、どちらが働くかが変わる

ここからが面白いところです。2つの酵素は、得意な温度が違います(出典:American Homebrewers Association)。

  • β-アミラーゼ:55〜65℃
  • α-アミラーゼ:63〜70℃(最も活発なのは70℃)

低めの温度で仕込むとβ-アミラーゼがよく働き、酵母が食べられる糖がたくさんできます。糖が最後まで食べ尽くされるので、**発酵が進んで、軽くてすっきりしたビール**になります。キレのいいラガー、たとえばピルスナーは、こちら寄りで仕込むことが多いスタイルです。

高めの温度で仕込むとα-アミラーゼ優位になり、酵母が食べきれない大きめの糖(デキストリン)が残ります。これが**厚みのある、ボディのしっかりしたビール**になります。甘みのあるスタウトやポーター、イギリスのエールは、こちら寄り。仕込み温度の目安は、軽く仕上げるなら63〜66℃、厚みを出すなら68〜69℃とされています(出典:BeerSmith)。

現場で「妥協点」としてよく使われるのが67℃前後。うちも、スタイルによってこの前後で狙いを変えています。**麦芽もホップも酵母も同じで、温度だけを1℃変えれば、別の飲み口のビールになる**わけです。

低い温度で仕込めば軽く、高い温度で仕込めば厚みのあるビールになる
低い温度で仕込めば軽く、高い温度で仕込めば厚みのあるビールになる

熱くしすぎると、数分で終わる

ただし、上げすぎは禁物です。

酵素は至適温度を超えると急速に失活します。高温に数秒触れただけでも壊れ始め、5分もあれば大半が失われる(出典:American Homebrewers Association)。先ほどの「壊れる直前がいちばん活発」が効いてくるところで、**70℃で最も働くα-アミラーゼは、そのすぐ上で死ぬ**のです。

だから昇温はゆっくりやります。設備メーカーの推奨でも、酵素を使う工程では毎分1℃程度(出典:Steinecker)。急に上げると、釜の中の熱いところだけ酵素が死んでしまいます。

もうひとつ、デンプン側の条件もあります。大麦のデンプンは62〜64℃あたりで糊化(こか)します(出典:ノッティンガム大学講義資料)。ご飯が炊けるのと同じで、**糊化して初めて酵素が手をつけられる状態**になる。低すぎても糖にならないのは、このためです。

甘い匂いは、働いている証拠

理屈はここまでにして、現場の話をひとつ。

麦芽を入れて1時間ほど経つと、仕込み場じゅうが甘い匂いになります。この匂いがしっかり立つと、「今日はちゃんと糖になっているな」と分かります。

逆に匂いが弱いときは、たいてい温度か、麦芽の挽き具合か、どちらかがうまくいっていません。計器を見る前に、鼻で分かることがあります。

麦芽を入れて1時間ほど経つと、仕込み場じゅうが甘い匂いになる
麦芽を入れて1時間ほど経つと、仕込み場じゅうが甘い匂いになる

まとめ

  • 糖化とは、麦芽の中で眠っていた酵素をお湯で起こし、デンプンを糖に切らせる工程
  • α-アミラーゼは鎖を真ん中から切り(液化)、β-アミラーゼは端からマルトースを切り出す(糖化)
  • 低温寄り(55〜65℃)は軽いビール、高温寄り(63〜70℃)は厚みのあるビール。妥協点は67℃前後
  • 酵素は至適温度のすぐ上で失活する。5分で大半が失われるので昇温はゆっくり

次回は「ビールの味は水で決まる」。同じレシピでも、水が違えば別のビールになる話です。

このシリーズはYouTube「チェリーベル・ジャパン」でも、動画版を出しています。

https://youtu.be/D-07HEutIPk

この記事を書いているのは

福岡県福津市のクラフトビール醸造所 GOLDEN BREWERY(ゴールデンブルワリー)です。運営はチェリーベル・ジャパン株式会社。500Lの仕込み設備で、自社ブランドのビールを造りながら、他社さんのビール造りのお手伝いもしています。

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