ビールの泡は、何でできているのか|醸造学のきほん #12
こんにちは。ゴールデンブルワリーの児玉です。
ワインを注いでも、日本酒を注いでも、炭酸飲料を注いでも、泡はすぐに消えます。ところがビールだけは、液面をふたのように覆う泡の層が残ります。
ワインや清酒は発泡性があっても、ビールのように液面を覆う安定な泡の層はできません(出典:日本醸造協会誌/蛸井潔 2016)。泡が残るのは、ビールだけの特徴なのです。
今日は、その泡が何でできていて、なぜ消えにくいのかという話をします。
泡は飾りではない
まず用語を一つ。英語で泡は、ひとつぶの気泡を「bubble(バブル)」、その集まりを「foam(フォーム)」と呼びます。ビールの泡は foam、または「head(ヘッド)」と言います。
泡には、はっきりした役割があります。
- 口当たりがよくなり、味がまろやかになる
- 泡の層が「ふた」になって、炭酸ガスや香りが逃げるのを抑える
- 液が空気に触れるのを防ぎ、酸化を抑える
(出典:同上)
泡を上唇に感じながら飲む独特の食感も、ビールならではです(出典:同上)。前回の劣化の話のとおり、酸素はビールの大敵です。泡は、その盾でもあります。
泡の種は、自分では作れない
意外に思われるかもしれませんが、ビールは自力では泡を作れません。
生まれたばかりの泡は極めて小さく、表面張力で強く締め付けられます。水の場合、約1000気圧で締め付けられるという計算があります(出典:日本醸造協会誌/加藤榮一 1999)。ところが瓶の中のガスの圧力は、せいぜい2気圧程度です(出典:同上)。これでは、泡は生まれようがありません。
では、泡はどこから来るのか。泡の半径が0.1mm以上になると、表面張力の影響はほとんど無視できます。そのくらいの大きさの泡があれば、溶けている炭酸ガスが流れ込んで、泡が育っていきます(出典:同上)。
つまり、最初のひとつぶは、外から来る必要があるということです。
栓を抜いただけでは、瓶を叩いたり揺すったりしない限り泡は出ません。グラスに注ぐと盛んに泡が出るのは、注ぐときに巻き込んだ空気の泡に、炭酸ガスが放出されるからです。グラスの壁や底から泡が出続けるのも、小さな窪みに空気が残っているからです(出典:同上)。泡の種は自前ではできず、空気という「よそ者」の種をもらっている、という言い方もあります(出典:同上)。
泡が消えない3つの理由
では、一度できた泡は、なぜビールだと残るのか。安定な泡の条件は3つあります(出典:日本醸造協会誌/蛸井潔 2016)。
1. 炭酸ガスを含んでいること
2. 麦芽由来の「起泡性タンパク質」が豊富なこと
3. ホップの苦味成分が、泡を安定化すること
### 麦芽のタンパク質
大麦麦芽の粗タンパク含量は、おおむね10%程度です(出典:同上)。泡持ちに関わる大麦のタンパク質として、Protein Z、LTP1、BDAI-1 などが提案されています。水をはじく性質(疎水性)が高いタンパク質ほど、泡の気体側に並んで安定な膜を作ります(出典:同上)。
BDAI-1 は、精製したものを加えると、濃度に応じて泡持ちがよくなりました。麦芽の「溶け」(#02の麦芽づくりの回の話です)を進めても泡持ちが落ちない大麦品種の解析から見つかったものです(出典:日本醸造協会誌/飯牟礼隆 2016)。
### ホップの苦味成分
ここで、#07 のホップの回で出てきた苦味成分「イソα酸」が再び登場します。
イソα酸は、タンパク質の表面に2種類の結びつき方(イオン的な結合と、水をはじく部分同士の結合)でくっつき、泡の膜の中でタンパク質同士を橋渡し(架橋)します。ホップなしでビールを造ると、泡持ちは格段に低下します(出典:日本醸造協会誌/蛸井潔 2016)。さらに、2価の金属イオンが、この網目を補強します(出典:同上)。
苦味は、味のためだけの成分ではありません。泡を支える骨組みでもあるのです。
### 粘りも間接的に助ける
麦芽のでんぷん由来のデキストリンや、麦芽の細胞壁由来のβ-グルカンは、単独では泡を作りません。ただ、液の粘りを高めることで、泡から液が流れ落ちる速さを遅くし、間接的に泡持ちを助けます(出典:同上)。
泡の一生
注いでから消えるまで、泡はこんな道をたどります(出典:同上)。
1. 注いだ衝撃で気泡ができる
2. 炭酸飲料やスパークリングワインは、そのまま弾けて消える。ビールは液面ではじけず、下から来る泡が積み重なる
3. 表面では炭酸ガスが膜を抜けて泡が縮み、きめ細かくなる。大きい泡はすぐ壊れ、径のそろった細かい泡が残る
4. 液が重力で下に流れ落ち(排液)、膜にタンパク質と苦味成分が濃縮されて、泡はより安定になる
5. やがて膜が薄くなって破れ、隣の泡と合わさって大きく不安定な泡になり、粗くなって消える
面白いのは4番目です。消えかけの泡ほど、膜の中身は濃くなっているのです。
泡の良し悪しは、「泡立ち」「泡持ち」「泡のキメ」「付着性(グラスの側面にレースがどれだけ残るか)」の観点で評価します(出典:同上)。
泡の敵たち
泡を壊すものも、いくつか分かっています。
麦芽の溶けすぎ。 溶けが進みすぎるとタンパク質の分解が進み、分解する酵素の活性も高いので、泡に悪く働きます(出典:同上)。
熱処理をしない生ビール。 日本では、熱処理をしない「生ビール」が、瓶や缶でもほぼ主流です。熱処理をしないと、酵母が出したタンパク質分解酵素(Proteinase A)が残り、保存している間に少しずつ泡持ちを下げます(出典:同上)。前回の保存の話とも重なりますね。
脂肪酸と、麦芽の脂質。 脂肪酸は泡に悪く、鎖が長いものほど悪い。発酵由来の脂肪酸は、普通の量なら目立った害はありません(出典:同上)。問題は麦芽の脂質(主にリノール酸)です。仕込みでリポキシゲナーゼ(LOX)という酵素の作用を受けると「THOD」という物質になり、ppmオーダーでビールに移って泡持ちを下げます。LOXを持たない大麦(LOXレス大麦)の麦芽を使うと、THODを半分以下に抑えられます(出典:同上)。
| 泡を助けるもの | 泡を壊すもの |
|---|---|
| 炭酸ガス | 麦芽の溶けすぎ |
| 麦芽の起泡性タンパク質 | 熱処理をしない生ビールに残る酵母の酵素 |
| ホップの苦味成分(イソα酸) | 脂肪酸(鎖が長いほど悪い) |
| 2価の金属イオン | 麦芽の脂質由来のTHOD |
| デキストリン・β-グルカン(間接的に) | グラスに残った油 |
グラスの油が、泡を壊す
造り手として、いちばん身近な泡の敵を挙げるなら、グラスの汚れです。
醸造所でも、洗剤や油分が少し残ったグラスに注いだ途端に、泡が立たなくなる場面を何度も見てきました。タンクからビールを試すときにも、まず泡の様子を見ます。泡は、ビールの状態をいちばん早く教えてくれるからです。
ビアグラスの洗い方の手順書では、グリス・油・卵・乳製品の付いた食器と、ビールグラスを一緒に洗わないよう勧めています(出典:Colorado Brewers Guild)。残った汚れがビールを汚すからです。
家でできる、きれいなグラスの確認方法が3つあります(出典:同上)。
- シーティングテスト:グラスに水を入れて捨てる。水が均一な膜になって流れ落ちればきれい。水滴が残ったり、途切れたりすれば汚れ
- 塩テスト:濡れたグラスの内側に塩を振る。均一に付けばきれい。付かない部分があれば汚れ
- レーシングテスト:ビールを注ぎ、液の中でグラスの側面に気泡が付いていれば汚れ。飲み進めて、泡が液面と平行な輪(レース)を残せばきれい。ばらばらだったり、何も残らなければ汚れ
樽生の泡
最後に、飲食店で飲む樽生の話を少しだけ。
樽生は、1〜3℃で保管します。3℃で11psi(圧力の単位)をかけると、2.5ボリュームの炭酸ガスが保たれます。小売の店で、保管温度が数℃上がっただけでも、注ぐときに泡が出すぎる問題が起きます(出典:Brewers Association)。
日本で一般的なビールサーバーには、液を注ぐ口と、内部の細い穴を通して細かい泡を出す「泡付けカラン」があります。このカランの構造は、日本だけのものです。コックを手前に倒して液をジョッキの7〜8割まで注ぎ、次にコックを奥に押して泡をのせます(出典:日本醸造協会誌/蛸井潔 2016)。
この注ぎ方だと、液と泡の境目に、ミクロン単位の細かい泡が浮かぶ層ができます。これが「フロスティミスト」です。手で注いだときのようにすぐ分離せず、ジョッキを傾けて戻すたびに、そこから泡が再生されます(出典:同上)。
窒素で注ぐビール(ナイトロ)は、細かい窒素の泡がクリーミーで長持ちする泡の層を作ります。空気中に窒素が多いので泡の中の窒素に逃げ場がなく、泡同士が合わさって弾けることが起きにくいためです(出典:Brewers Association)。
まとめ
- ビールの泡は、口当たりをよくし、炭酸ガスと香りを逃がさず、酸化を防ぐ「ふた」になっている
- 泡の種は自力では作れない。注ぐときに巻き込んだ空気が、最初のひとつぶになる
- 泡が消えにくいのは、炭酸ガス・麦芽のタンパク質・ホップの苦味成分がそろっているから
- 泡の大敵は、麦芽の溶けすぎ、酵母の酵素、脂質由来のTHOD、そしてグラスに残った油
次回は「ビールの濃さは、どう決まるのか」。麦芽の量と、初期比重の話です。
このシリーズはYouTube「チェリーベル・ジャパン」でも、動画版を出しています。
この記事を書いているのは
福岡県福津市のクラフトビール醸造所 GOLDEN BREWERY(ゴールデンブルワリー)です。運営はチェリーベル・ジャパン株式会社。500Lの仕込み設備で、自社ブランドのビールを造りながら、他社さんのビール造りのお手伝いもしています。
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