なぜ麦汁を煮沸するのか|醸造学のきほん #06

こんにちは。ゴールデンブルワリーの児玉です。

糖化が終わると、甘い麦汁ができます。これを釜に移して、1時間ほど煮ます。

見学に来た方に「何のために煮ているんですか」と聞かれると、いつも少し困ります。**答えがひとつではないから**です。煮沸は、8つくらいの仕事を同時にやっています。

煮沸がやっている8つのこと

資料を並べると、だいたい次のように整理できます(出典:VLB Berlin/日本醸造協会誌『仕込(2)』)。

  • 水分を飛ばして麦汁を濃くする
  • 殺菌する
  • 酵素を失活させ、糖の組成をそこで固定する
  • タンパクを固めて取り除く(ブレイク形成)
  • ホップの苦味成分を溶かし、苦味に変える
  • 好ましくない香り(DMS)を飛ばす
  • メイラード反応で色と香ばしさをつける
  • pHを少し下げる

**ひとつでも欠けると、ビールになりません。**それぞれ見ていきます。

殺菌と、酵素を止める仕事

麦汁は、雑菌にとってはご馳走です。63℃を超えると菌は増殖を止め、70℃を超えればほぼ死滅します(出典:VLB Berlin)。煮沸まで持っていけば、この点は確実です。

同時に、前回まで働いてもらった酵素をここで止めます。糖化の狙いを「ここまで」と確定させる作業でもあります。85℃以上で15分あれば失活します(出典:Steinecker)。

苦味は、煮て初めて生まれる

ホップを入れただけでは、ビールは苦くなりません。

ホップの苦味のもとであるα酸は、そのままでは水に溶けにくい。**煮沸の熱で「イソα酸」に変化して初めて、苦味の主体になります**(出典:John I. Haas)。この変化を異性化と呼びます。

どれくらい煮るかで、苦味の量が変わります。α酸を同じだけ入れて煮沸時間を変えた実測では、30分で14、60分で20、90分で26、120分で33(単位はmg/L)と増えていきます(出典:VLB Berlin)。

ただし、**時間をかければいいというものでもありません**。苦味が出るのに30分あれば十分で、通常は1時間ほど(出典:きた産業/井上喬)。長く煮れば色も濃くなり、香りも飛びます。

とうもろこしの匂いを飛ばす

煮沸のもうひとつの大事な仕事が、DMSという成分を飛ばすことです。

DMSは、茹でたとうもろこしやキャベツのような匂いがします。ごく少量ならラガーの特徴のうちですが、多すぎると欠点になります。麦芽の中にある前駆体が95℃を超えると分解して遊離DMSになり、これが湯気と一緒に飛んでいく(出典:Steinecker)。

実測では、120分の煮沸で総DMSが340ppbから70ppbまで下がっています(出典:VLB Berlin)。

ここに落とし穴があります。**煮沸を止めてワールプールに送ると、蒸発が止まるのでDMSが再び増えます**(出典:Steinecker)。煮沸のあとに長く静置しすぎると、せっかく飛ばしたものが戻ってくる。時間管理が要るところです。

ワールプールは「紅茶カップの原理」

煮沸が終わると、固まったタンパクやホップの粕を取り除きます。このとき使うのがワールプールです。

やっていることは単純で、釜の内壁に沿って接線方向に麦汁を送り込み、渦を作る。しばらく静置すると、**沈殿が底の中央に円錐状に集まります**。

これは紅茶のカップをかき混ぜると茶葉が中央に集まるのと同じ現象で、日本語の資料でも英語の資料でも「茶葉の原理」「ティーカップ効果」と、同じ説明がされています(出典:日本醸造協会誌『仕込(2)』/国立科学博物館)。

静置時間は20分前後。集まる沈殿の中身は、おおよそタンパクが6割、苦味成分が2割、残りがタンニンや灰分です(出典:同上)。

小さな設備でも原理は同じです。釜の下から2割ほどの位置に、横向きのノズルを完全に水没させて取り付け、ポンプで回してやる。数秒で渦ができ、5〜10分で中央に山ができます(出典:Ss Brewtech)。

最近は「短く煮る」方向へ

省エネの観点から、煮沸のやり方は変わってきています。

昔ながらの方式は蒸発率が1時間あたり8〜10%でしたが、最近の省エネ型は60分処理で総蒸発3〜4%というのが標準になってきました(出典:Steinecker/デンマーク環境保護庁)。

考え方も変わりました。**「煮沸の目的は蒸発ではなく反応である。揮発成分を飛ばすのは別工程に分けてもよい」**という思想です(出典:デンマーク環境保護庁)。燃料代がそのまま原価に乗る小さな醸造所にとって、これは無視できない話です。

ちなみに日本の設備史を見ると、明治28年に日本麦酒がドイツから買った釜は銅製で、ステンレスに置き換わったのは昭和50年代半ばでした(出典:国立科学博物館)。煮沸の時間が90分前後という数字は、その頃からあまり変わっていません。

まとめ

  • 煮沸は殺菌・酵素失活・タンパク凝固・苦味の生成・DMS除去などを同時にこなす工程
  • ホップのα酸は煮て初めてイソα酸になり、苦味になる。30分で十分、通常1時間
  • 煮沸を止めると DMS が再び増えるので、静置時間は管理が要る
  • ワールプールは紅茶カップと同じ原理。20分ほどで沈殿が底の中央に集まる

次回は「ホップは何のために入れるのか」。苦味だけではない、4つも5つもある役割を見ていきます。

このシリーズはYouTube「チェリーベル・ジャパン」でも、動画版を出しています。

この記事を書いているのは

福岡県福津市のクラフトビール醸造所 GOLDEN BREWERY(ゴールデンブルワリー)です。運営はチェリーベル・ジャパン株式会社。500Lの仕込み設備で、自社ブランドのビールを造りながら、他社さんのビール造りのお手伝いもしています。

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